ダウン症児ー赤ちゃん

 
  
 子育てー障害児[ダウン症]の奮闘記


二人目の息子は障害児[ダウン症]として生まれてきました。障害を知った時は、しばらく泣いてばかりいて立ち上がれませんでした。  でもお兄ちゃんもいるんです。私は2人の母親です。
子育ては親の義務であり責任です。障害があろうがなかろうが自分の息子には違いない訳で・・育て方が違う訳じゃありません。
愛情を目一杯注ぎながら、スローな子育てを心がけ、あせらないで着実に一つ一つをクリアしていく事こそ親の役目だと・・・  とは言ってもやっぱり落ち込む事も、泣いた時もありました。

     この 「子育てー障害児[ダウン症]の奮闘記」 は共に歩いてきた母と息子の記録です。
 
          ☆赤ちゃん☆

生まれた時の体重は2640グラムでした。
お兄ちゃんよりは少し体重もあったし保育器のお世話にならなくて済みました。
でも入院中の授乳が思うように進まなくて・・・1回の授乳が10グラム以下でした。

私の母がエレベータの中で「普通には育たないのよねぇ」と看護婦さんに言われたとかで、不安な日々が続きました。

退院の日お医者さんに「障害がある可能性が高いので紹介状を書いておきます、○○医科大にたずねてください」と言われました。

かなりのショックを受けながらも、それが何なのかまるっきり分からない中、医大に行き血液検査をしました。
ガリガリの達也から血液を抜くのも大変だったようでした。

結果が分かるのは一ヵ月後という事で・・一ヵ月後に「標準型ダウン症」という結果が出ました。

障害の予備知識は全くありませんでした。
保健婦さんに相談して同じ障害の子を持つ親の方を紹介してもらいました。本も読みました。

早期療育が大事だ!という言葉ばかりが飛び込んでくるのですが、じゃあ何をどうすれば良いのか、具体的なことは何もわかりませんでした。

お医者さまからベビーベッドに置いておかないで、みんなの通るところに置きなさい(たとえばコタツの上とか)そして声をかけるように心がけてくださいね! と。

刺激がないと育ちにくいのだそうです。顔を見てゆっくり話しかけてくださいと・・・

自宅に帰って始めてのお披露目。まだ立ち直れていない時だったかも。
ポーテージプログラム(早期療育プログラム)というのを隣の市の障害児幼稚園でやってもらえることを聞いて通う事にしました。
一日に数回うつ伏せをする訓練をしていました。
今にも泣き出しそうな顔をしています。

歩くのも遅かったので、訓練にも通いました。
普通の子は1歳前後で歩くのですが、達也が歩いたのは2歳が目の前に来た頃でした。(ハイハイはしていましたが)

足の裏がぴったり付く高さの物に座らせる訓練です。
いい表情をしています。

達也は私に似ているのか?頑固で天の邪鬼でしたから、思うようにポーテージプログラムをこなしてくれませんでした。
それでも 遊んでいる時に上手くもっていくようにして、ほんのわずかでも進ませようと頑張りました。

お誕生日だったのかな?

今思えばプレッシャーの毎日だったように思います。
声をかけなきゃ!刺激を与えなきゃ!口の周りも触ってほぐさなきゃ!舌もなるべく入れさせなきゃ! って。

でも、それだけ頑張ったから今の達也があるのだと思います。
決して無駄ではなかったと思っています。
もちろん達也が可愛かったから頑張れたんだと思いますけどね。

             幼少期に続きます。




 
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